医患の役割分担
医患共同でなければ、歯周病は治らない。
それは、患者に磨かせておけば、何もしないよりはマシだから、といって生半可な共同作戦ではなく、精密に計算されてぴったり補足し合わなければならない。
このことを具体的に説明する。
完全にポケット内の歯垢がなくなるまで、正しく徹底したルート・プレーニングを行ったとしても、患者がブラッシングでこの処置を補わないと、口腔内の常在菌が患部のポケット内に再びすぐに入り込んでくる。
ルート・プレーニングの侵襲を受けた歯肉は、回復するのに3〜4日はかかる。この間、いかに無菌状態を保たせるかが鍵になる。
それが「一日10回磨き」である。
いったんポケット内を無菌にするのは歯科医側の分担。
たえず細菌がポケット内に侵入するのを防ぐのが患者側の分担。
患者側分担の具体的内容
歯肉の抵抗力
「歯周病の病因は歯垢」とのみ思い込むと半分しか治らない。この外因である細菌に拮抗する「歯肉の抵抗性」を高めることが重要である。
抵抗力を強めていくには、歯肉活性効果をもたらすブラッシングだが、一般に言われるプラーク・コントロール(歯垢除去)に要する時間よりもかなり長く磨く必要がある。
また、日常生活の中で「噛む習慣」を行わなかった患者に、急に「よく噛め」と指導すると、弱まった歯周組織に無理な負担をが生じ、かえって悪化を招くことが多いため注意を要する。
生活習慣病の糖尿病患者に対する指導と比較すると、食事指導・運動指導などの効果判定の血液検査や尿検査等の検査値で客観的な情報が得られるが、歯科の場合はそうもいかない。この場合最も有効なのは口腔内写真であり、患者の日常生活を如実に証明する唯一かつ簡便な手段である。患者の言い分の虚偽真実を見分け、的確な指導のための根拠になる。
こうして粘膜組織が健全に戻れば、歯垢の細菌が押し寄せてきても、それに抵抗し病気にならない力を獲得していく。効果的に歯肉の抵抗力を上げてゆくことが必要である。
他人を動かす
このようなシステムは、必ずしも最初から順序立てて考えたわけではない。
突き詰めれば、このことは『他人を動かす』ことである。
私は失敗をくり返しながら、それなりの大きな決意と工夫をした。
自分や医療介護者の言葉や一挙一動、表情さえ患者にどのように写り、どのように理解されるか。
そこまでこちらの管理をしなくては、患者の心を動かせない。
このための精神的な技術は、現状の歯科医学では大きく欠如しているものだと思う。
歯科医師に対し、精神面の修業を求めているのは、こういうことである。
医患共同作戦の発展を期す
暫間固定あるいは永久固定を行った上でのブラッシング関連で補足したい。
これらの処置は、患者が安心して噛め、そしてブラッシングに励むことを目的にしている。
しかし思わぬ落し穴がある。安心して噛めるようになると、本来の目的のブラッシングをなおざりにしてしまいかねないということだ。しかも患者のみならず歯科医師側も指導・チェックをなおざりにしてしまう。
医療者・患者共々きちんと『固定はブラッシングのため』を認識しなくてはならない。歯周病は医患共同作戦でないと治せないことを銘記すべきである。
医患共同作戦は、眼科や耳鼻科では一歩も進んでいない。生活習慣病における教育・指導に先駆けて、歯科で成立させた意義は大きい。
しかし、ここに止まることなく、更に洗練・発展・普及に努めて行くべきである。
「患者の自立」をいかに
歯垢は歯面に付着するもの。
歯根面にも付着するが、歯肉表面は付着・停滞は歯面と比較して少ない。
だから清掃の目的の第一は歯冠面・歯根面を狙うのでなければ意味がない。
歯冠面全体をいうと、う蝕予防のブラッシングと同様で、それに加えて歯根面の歯垢の停滞を除去する目的が加わる。
だから普通一般のう蝕予防用のブラシも必要だし、歯根面清掃のための特殊なブラシが必要となる。
う蝕予防用の歯冠面清掃用のブラシでは目的が達成できない。
と同時に患者自身の手で継続し、再々行なう治療用の歯垢清掃処置が本当に効果するように、先ず第一にやる気を起こさせること。
そして正しいやり方、正しい必要回数・時間を費やしてでも行なっていけるように、どうやって指導してゆくかが問題である。
共同作戦の患者自身の受持つ戦術的上達をいかにして獲得するかが問題になる。